疫病

オンライン会議が増えると、なぜ人は“マルチタスク”してしまうのか? 研究結果から見えた「もっともな理由」

在宅勤務におけるオンライン会議のエチケットには、おかしなところがある。きちんとズボンを履かなくても問題ないが、画面上のあちこちに視線を走らせていると相手への敬意に欠け失礼だとみなされるというのだ。これは端末上で別の何かに気をとられていることを暗に示すからである。しかし、カメラを切ってしまえば、洗濯物を畳むことから食料の買い出しまで、あらゆることがマルチタスクの対象になる。

こうしてオンライン会議中に複数の作業をしてしまったとしても、それはあなただけではない。マイクロソフトが従業員を対象に2020年に実施した調査によると、出席者が多く長時間に及ぶオンライン会議ほど、また特定の目的がある会議より定例の会議であるほど、マルチタスクをする人が増える傾向にあることが明らかになった。また、参加者がマルチタスクをする確率は午前中が最も高く、80分以上のミーティングでは20分以下のミーティングに比べてマルチタスクをする人が6倍に増える。

マイクロソフトがこのほど結果を公開した調査は、同社いわくマルチタスクとリモートワークに関する「これまでのところ最大規模」の調査だという。結果は21年5月に開催されたヒューマンコンピューターインスタラクション(HCI)に関する国際会議で発表された。

多すぎるオンライン会議から身を守る

今回の調査でアマゾンやマイクロソフト、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究者らは、米国のマイクロソフトの従業員10万人近くの「Microsoft Outlook」のメールと「OneDrive」上のファイルへのアクセスに関するログデータを分析した。その目的は、オンライン会議で参加者がマルチタスクをする頻度とその背景を明らかにすることにある。

「オンライン会議には“なんとなく”参加できてしまいますよね」と、マイクロソフトのチーフサイエンティストであるジェイミー・ティーヴァンは言う。「会議が録画される場合、リアルタイムで出席せずにあとから録画を2倍速で観られます。あるいは何かをしながら再生しておいて、大事なところだけしっかり聴くことも可能です」

今回の研究では、オンライン会議中のマルチタスクは心の健康を守るための対処メカニズムであることが明らかになった。何から守るのかといえばほかでもない、多すぎるオンライン会議からである。

報告書の筆頭著者でマイクロソフトリサーチのインターンである曹瀚成(ツァオ・ハンチェン)は今回の結果を受け、チームがリモートで仕事をする際のマルチタスクについて、より柔軟な態度が雇用主側に求められることが明らかになったと指摘する。ミーティング中、誰かがときおりスクリーン上のいたるところに視線を走らせていたとしても、それは失礼な振る舞いをしているつもりではなく、オンライン会議が増え長時間に及ぶうちに「自分の仕事に集中する時間が減り、遅れを取り戻そうとマルチタスクをする癖がついていると考えられる」と報告書は分析している。

会議が多すぎて仕事が終わらない

調査で使われたログデータは、マイクロソフトが完全リモートワークの体制だった20年2月から5月にかけて収集されたものだ。「Microsoft Teams」でのヴィデオ会議に参加中の従業員がメールを送信、転送、返信したり、クラウドに保存されているPowerPointのスライドやExcelのシートを編集したりするたびに「マルチタスク」として記録される(なお、今回の方法ではメールを読む、ソーシャルメディアを見るといった行為の多くは検出できない)。その結果、3割のオンライン会議でメールの送信をしている人がいたことがわかった。

マルチタスクの詳細を把握すべく、調査チームはログデータの収集期間とほぼ同時期に米国内外のマイクロソフトで働く700人の従業員が書いた日誌や明細書などを分析した。そのうち、マルチタスクによって生産性が上がっていると思うと答えた人は、回答者のうち15%だった。

マルチタスクのなかには、メモをとったり議題についての資料を読んだりといったミーティングに意識を集中するための行為もある。しかし従業員がつけた記録には、エクササイズやゲーム、ネコの動画を観るなどの行動も含まれていた。これらはミーティングから気を散らす行為とも言えるが、回答者は自分とは関係のない会議に対する反応あるいは対処方法だと答えていた。

また、仕事を終わらせるためにマルチタスクをする人が多い現状も浮き彫りになった。マイクロソフトの従業員のひとりは、「マルチタスクせざるをえない状態です。そうしないと、やるべき仕事が終わりません」と答えている。

日誌をつけた従業員の4割近くが、在宅勤務への移行に伴ってオンライン会議が急増し、それに対処するために会議中も仕事をせざるをえないと回答している。求められる生産性に応えるためにマルチタスクをすることは精神的な疲労を招き、周囲への敬意に欠ける行動にもつながると調査チームは指摘する。

ヴィデオ会議によってかかる認知負荷、なかでも特に近距離で長く視線に晒される状況によってかかる負荷は、いわゆる「Zoom疲れ」をもたらす。いまやこの現象は広く知られており、スタンフォード大学の研究者らはZoom疲れの度合いを測定する指標の開発を進めているほどだ。

マイクロソフトリサーチの曹によると、調査の参加者のなかには同僚がオンライン会議中に別の作業をしていると、ちゃんと注意を向けてくれていないと感じて気分を害する人もいたという。「ところが、ある程度の時間が経つとパンデミック(世界的大流行)下におけるリモート会議に慣れてきて、こうした行動を認めて受け入れるようになっていることがわかります。在宅勤務の環境ではあらゆる事態が起こりうるということが認識されるようになるのです」

在宅勤務で集中できる時間が減る

パンデミック初期の数カ月におけるヴィデオ会議の使われ方を調べた別の大規模な調査では、パンデミック下の在宅勤務でミーティングや調整業務が増えた一方、中断されずに仕事に集中できる時間が減少したほか、上司とのミーティングや1on1、社内外の人とのやり取りがいずれも減っていたことがわかっている。シカゴ大学ベッカー・フリードマン研究所が実施したこの調査は、アジアにある大手IT企業(会社名は非公開)の社員約10,000人から集めた20年3月のデータを分析したものだ。

研究者らによると、この企業ではパンデミック中に労働時間が3割増えたが、同時期の生産性は2割下がったと推定されるという。実際に社員、なかでも子育て中の社員は生産性が下がっていた一方で、生産性はオフィスで仕事をしていたときと同水準が求められていた。それゆえ子どものいない人が有利となり、女性や子どもが家にいる社員、入社して日が浅い社員などに不利な状況が生まれたのだ。

この調査でシカゴ大学の研究者たちは、マイクロソフトの「Workplace Analytics」のような生産性分析ツールを使ってミーティングに費やした時間や出席者同士の関係などを評価した。マルチタスクを直接的に考察する研究ではないが、調査には仕事の中断や「集中時間」(会議などで中断されずに2時間以上まとまって仕事ができた時間のこと)といった指標が用いられている。

調査対象となった企業では完全在宅勤務への移行後、集中時間は週34時間から32時間に減っていた。これ対し、オンライン会議は週1時間未満から21時間に急増している。論文の著者たちはこれについて、オンライン会議の多さが働く人の集中力をそいでいると指摘している。

加えて、メールに割く時間も週2時間増えていた。また、子どものいる社員はそうでない人より全体的に長時間仕事をしており、若手社員は年長の社員より生産性が低い傾向が見られたという。

メールではだめなのか?

働き手や企業の多くが安全にオフィスに戻る方法を検討しつつあるなか、人と人がいかに協力し合って仕事をできるか、あるいはできないかについて今後はより深い考察が重要になってくるだろう。今回の分析が他業種にも当てはまるとすれば、完全な在宅勤務の負の影響を受けやすい人にとって、オフィス勤務への復帰はプラスになるかもしれない。

論文の執筆者のひとりであるシカゴ大学教授のマイケル・ギブスは、企業側はより柔軟な働き方を望む社員にも合わせる必要が出てくるだろうと指摘する。例えば長時間の通勤負担を減らすために週に数日は在宅勤務にしたい、あるいは子どもが学校から帰る時間には家にいたいといった希望だ。

一方でギブスは、週数日のオフィス勤務は多くの企業にとって必要なことになるだろうと言う。その理由として彼は、「今回の研究で、ヴァーチャルな対話は対面でのやりとりを完全に代替するものにはならないことが示された」ことを挙げている。

その場の流れや思いつきで生まれる会話はイノヴェイションには重要な要素であり、それに代わるものはないとギブスは言う。「そうした生産的な偶然の出来事はZoomでは起きにくいのです。Zoom会議ではすべて事前に予定しておかなくてはなりませんから」。しかも知っての通り、オンライン会議ではそもそも全員が常に話の内容に集中しているわけではない。

Zoom会議やパンデミックの時代が来るずっと前から、会議を巡る問題はあった。だが一連の調査結果は、より多くの人が「このオンライン会議はメールでも済むのではないか」と自問する必要性を改めて突きつけていると言えそうだ。

※『WIRED』によるリモートワークの関連記事はこちら。


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