疫病

土壌と人体の“見えない”並行世界が食を通じて地球を再生させる──デイヴィッド・モントゴメリー:フードイノヴェイションの未来像(第5回)

雑誌『WIRED』日本版は、年4回刊行。最新号VOL.40(3月13日発売)は、6年ぶりのフード特集。人々の食欲を満たしながら、土や自然との有機的なつながりを食に求めることは可能なのか。食のイノヴェイションを自然の大いなる循環に再び組み込んだ“未来の一皿”の可能性を探る。>>会員向けPDFなど詳細はこちら。

「農業は今世紀中に変わらなければいけません。未来の世界の食糧問題に対処するためです」。WIRED SZ メンバーシップのウェビナー「フードイノヴェイションの未来像」第5回の講義で危機感を露わにしていたのは、地質学者のデイヴィッド・モントゴメリーだった。彼によれば、この世界は毎年0.3%ずつ食の生産能力を失っていて、その主たる理由は肥沃な土壌が失われていることにあるという。

「0.3%ってあまり大きな数字だと感じないかもしれません。銀行の利子ぐらいでしょうか。でも100年というスパンで考えてみましょう。そうすると、食の生産能力の半分が21世紀末までに失われてしまう計算になります」

人類が鋤(すき)を地中に入れた瞬間から始まったと言われる土壌の衰退。地中の共生関係を無視して窒素肥料や農薬に頼った近代農業の歴史を経て、地中の“見えない”共生関係に活路を見出し始めたわたしたちが土壌を取り戻す未来まで、当日はモントゴメリーが地質学的な観点からリスナーからの多様な質問に鮮やかに答えながら2時間にわたり展開された。なかでもとりわけ見どころとなった土壌と人体に並行して拡がる微生物の世界のほか、まもなく発売される『WIRED』日本版雑誌最新号で取り上げたテーマでもある自然をリジェネレート(再生)する食の在り方などについて語り合ったトークセッションの場面を紹介しよう。

デイヴィッド・モントゴメリー|DAVID MONTGOMERYワシントン大学地球宇宙科学科・地形学研究グループ教授。地形の発達、および地形学的プロセスが生態系と人間社会に与える影響を主要な研究テーマとする。『土の文明史』で一般ノンフィクション部門2008年度ワシントン州図書賞を受賞した。ホームページはhttps://www.dig2grow.com/。(@Dig2Grow)。

命は見えない世界から営まれる

岡田亜希子:著書の『土と内臓 (微生物がつくる世界)』の英語のタイトルは『The Hidden Half of Nature: The Microbial Roots of Life and Health』ですね。最初のうちはどういうことなのかなと思っていたのですが、読み進めていくうちに本当に目からうろこが落ちました。太陽の光や水といったさまざまな自然の要素を取り込みながら、土の中では植物の根や微生物がかくも連携をとっていることをなかなか意識できていないなと痛感させられたからです。

デイヴィッド・モントゴメリー:微生物の世界についてですが、土の中における植物の根の周囲部分(根圏)と、わたしたちの腸内で起きていることは、実はまったく並行しているんです。根圏をひっくり返せば、人間の消化管にかなり酷似していることがわかります。わたしたちが微生物のことを知ったのは17世紀になってからでしたが、微生物とそのホストになる有機物の「共生」の関係はとても大きな発見でした。ホスト(人間)からすると微生物の世界は見えませんよね。でも実際にはわたしたちの農地を、そしてわたしたちの命を営んでいるのは微生物なのです。

この10年間で共生の重要性に関する理解が進み、わたしたちは先駆者──例えば日本の福岡正信さんや、英国の植物学者であり有機農業の指導者であるアルバート・ハワードさんといった農業従事者──たちの考えをさらに強化することができたと思っていますが逆に言えば、共生がどう機能するのかを人類が理解するまでには時間がかかってしまったように思います。

慣行農業VS有機農法から脱するための機軸

松島倫明:自然農法を提唱した福岡正信さんの『自然農法 わら一本の革命』を読んでいると、精神性をすごく重んじていて、サイエンスを拒んで自然と共に生きる、といった主張になっていますよね。対して、『土と内臓』ではサイエンスによって「なぜ自然農法というものがワークするのか」をロジカルに解明していて、これこそがまさにモントゴメリーさんの著書の画期的なところだと思います。

現代においてもまだまだ自然VS科学、慣行農業VS有機農法という対立軸で農業が語られがちです。どうすれば、肥料を使う/使わないという点とは別の、サイエンスに立脚した機軸を置くことできるのでしょうか。

モントゴメリー:サイエンスか伝統的なアプローチかに二分されがちですが、これはミスリードだと思います。近代的な慣行農業では耕機を使い、化学肥料などを用いてきました。この農業のスタイルは1940年代や50年代のサイエンスに根ざしていて、いわば基礎に当たります。当時のサイエンスでは化学や物理学が重要で、そこには生物学が抜け落ちていました。

『土と内臓』で言っているのは、土地の肥沃さに関係している共生を生態学が促していることを、わたしたちが最近になってようやく知るようになったということです。いまわたしたちは、どういった有機物が土壌に含まれているのかを解明しようとしています。たくさんの微生物が存在するなかでどのような相互作用があるかについては、まだきちんと理解されていない新しい研究領域なのです。

わたしが言いたいのは、近代農業のサイエンスと生物学を組み合わせることによってより理解が深まるということです。(過去の農業が示す土壌破壊のデータへの反省から)耕機を使わない不耕起、そして被覆作物の栽培と多様な作物の輪作をおこなう──この3つがとても重要です。なかでも鋤を使って土壌を耕してしまうと微生物の活動が抑えられてしまうため、たとえ土壌の被覆や輪作をしたとしても、土地が肥沃になるまでには時間がかかってしまいます。

これは何も、13世紀の農業に戻ろうと言っているわけではないんです。サイエンスを捨てるわけではなく、逆に農業の未来を生態学的なレヴェルで理解して、さまざまなテクノロジーと組み合わせることによって、農地を改善しようと訴えているんです。

自然を再生する食べ方とは?

松島:ありがとうございます。『WIRED』日本版では6年前に培養肉や野菜工場など、いわゆる大地を離れて生産を続けることによって土壌に負荷をかけない新しいフードイノヴェイションを特集しました。実はこの3月にまもなく発売される雑誌最新号もフード特集で、「自然をリジェネレート(再生)するための食べ方って何なんだろう? 」という問いを提示しています。

そこでモントゴメリーさんにぜひおうかがいしたいのが、著書『土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話』で書かれている、肥沃な大地を取り戻すという意味での畜産のあるべき姿をどう考えているかということと、もうひとつ、遺伝子組み換え作物(GMO)について、環境危機が迫るなかでこれから予想される環境の変化に強い品種をいかに開発するかということが、特に発展途上国の貧しい農民にとっては重要視されているわけですが、そこについてのお考えはいかがでしょう?

モントゴメリー:家畜が未来の農業に果たす役割は重要です。実際に家畜を使って草原を再生した農家も知っていますし、そこでは牛乳中のオメガ3が増えるなど、品質が向上していることもわかりました。家畜については、それ自体がいい悪いではなく、その育て方が土壌を肥沃にしているのか、それとも劣化させてしまうのか、そういった観点でみていかなければいけないと思います。土壌の健康をきちんと取り戻す家畜の育て方が重要なのです。

閉鎖的な環境で家畜を育ててしまうと、結果的には土地や土壌そのものも劣化してしまいます。ヴィーガンかヴェジタリアンか、あるいは肉を食べる/食べないなどは個人の選択であって、それについて何か言う立場にわたしはありませんが、食べているものがどのように育ったのか、さらに言えば土をいい状態で残したか、それとも悪化させたのかについては、わたしたちは自問自答しなければいけません。

GMOについてはかなり複雑なテーマだと思っています。GMOの文献を読むなかで得た知識として、健康への影響のうち最たるものは、実際にはGMOの栽培に伴う除草剤(グリホサート)の使用によるものだと思います。グリホサートが土壌のマイクロバイオーム(微生物叢)や家畜のマイクロバイオーム、そして潜在的には人間のマイクロバイオームに与える影響については、懸念すべき理由がたくさんあります──人間との関係についてのデータはいまのところほとんどありませんが。また、発がん性があるかどうかについては多くの議論があり、その疑問が解消されたとは思っていません。でもこれだけの量の農薬を使用していることは、わたしたちの体内や作物のなかの微生物の命に対して懸念すべき正当な理由があるのは確かです。わたしはGMOに哲学的に反対しているわけではありませんが、われわれのエネルギーのすべてをその領域に注ぐべきではないと考えています。

1月13日(木)のテーマは「ユーグレナのバイオ燃料が拓くカーボンニュートラルな未来」。ゲストは永田暁彦(ユーグレナ CEO/リアルテックファンド 代表)。詳細はこちら。

豊かな土壌はおいしさと健康を育む

岡田:たくさん質問をお寄せいただいていて、なかでもいくつかあったのは「土壌の肥沃さや健康さとおいしさはどういう関係性にありますか」というものでした。モントゴメリーさんのお考えはいかがでしょう?

モントゴメリー:とてもいい質問です。2022年に出版されるわたしの新しい本でも、味はどこからやって来るかという観点から、その問いに取り組んでいます。簡単な回答としては、健やかで肥沃な土壌からは、やはり味の根幹をなす成分がより豊かな植物が育まれるとみられています。このことは厳密に言えばすべてのことに当てはまるわけではありませんが、健康な土壌と味には相関があることを示す強力なエヴィデンスがあると考えられます。

岡田:ありがとうございます。邦訳版の刊行がとても楽しみです。

松島:土壌の中の微生物は土壌の質を向上させ、食べ物のおいしさにも影響するということですね。では土の上で暮らしている人間のマイクロバイオームへの影響はどのくらいあるものなのでしょう? 『WIRED』SZメンバーシップの記事でも取り上げたテーマなのですが、土の豊かさとぼくらの体内の菌がどの程度ダイナミックに変化するのか、科学的に解明されている点をぜひ訊かせてください。

関連記事:微生物と免疫:都会の遊び場に“森”を移したら、子どもたちの体の環境も多様になった

モントゴメリー:人間が土壌にどのように暴露されているのか、そして有機物が人間の健康にどういった影響を与えるのか、といった研究は大変興味深いものです。ぜん息などへの影響に関する研究もなされていて、3、4歳までが特に重要だというふうに言われています。要するに微生物に暴露されることが人間にとってとても重要なんです。土壌にかかわることで人間の免疫が強化されると言われています。

土の生命がわたしたちに直接影響を与える方法は、ふたつあります。ひとつは、わたしたちの免疫システムに直接触れることによるものです。研究によると、土で遊んでいる子どもたちのほうがそうでない子どもたちよりも健康的である傾向があります。土で遊んでいる子どもたちは免疫システムが発達していて、病原体を取り除くように免疫システムが訓練されているのです。

それからもうひとつは、食べる作物による影響があります。はるか昔、わたしたちの祖先は地表から直接果実を採って口に入れましたよね。おそらくこうした行為に、現代の人間の中にいるマイクロバイオームの起源があるのだと思います。プロバイオティクスや発酵食品は体にとてもいいと言われていますが、口から入る有機物は胃ですべて消化されずに、一部は腸にたどり着くとされています。

わたしたちが口にするものによって体内のマイクロバイオームはかなり短期間で変わると言われています。数日ごとに変わるのです。ですから食べるものによって人間のマイクロバイオームを調整することは可能だと思います。

また、食べ物の恩恵を受けているのは誰かという問いかけも必要です。その観点からわたしは自分の食生活について考えるようになりました。体内の微生物に与えるものを選ぶことが勝敗の分かれ目になるわけです。わたしたちは土とつながっていた先祖がいたという共通点をもちながらも、みなそれぞれ違ったマイクロバイオームをもっています。それは、わたしたちが日常で食べているものとのつながりが大切だからなのです。

最新回のテーマは「“食の主権”をコモンズによって取り戻す」。自分たちが食べるものを自らのコミュニティが選び、生産・流通するといった「食料主権」を再び自分たちの手に取り戻すことはいかにして可能なのか?詳細はこちら。

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